2005/06/07 分析
分析という作業に意識的になってきた。
私は批評家ではないので、言葉にして発信するほどの術をもたないのだが。
しかし、ただ単に真似をするためだけに観察をしているのは、当然分析ではない。
大げさに言えば、目に見えないモノを観察するのが分析だろうと考えている。
目に見えないから、言葉にするのも難しいような、そんなモノが感じられたら、成功である。
建築は人間のつくるものだから、人間の意思なしには創られない。
あらゆる建築、人工的なモノは全てである。
だから、そこで考えられた全てのプロセスを感じ取れたら、と思うのである。
それが、対話であり、建築を観る価値が生まれる。
先日、たまたま寄った新築の子供用品の店に近代建築のある種の到達点を感じてしまった。
ミースが提唱した均質空間を最も忠実に具現化しているのは、日本だという指摘があるが
それをかいま見るような、見事な均質空間だった。
さすがに、陳列の関係上余計なディテールが多すぎるが、その骨格は美しい。
そう言う均質さを商業的に創れてしまうのが日本の施行技術の高さだろう。
恐らくその均質さは、純粋に経済性に基づくものであるとしても、出来上がった空間には
その均質さが子供用品というファンシーさを売りにしている空間とのズレによる、妙な心地良さがあった。
世の中には、そういう類いのモノが沢山あるように思う。
歴史を見てもそれは同様だと思う。
歴史は、権力が絡んでいる事が多い。
現代も、世の中がイイと思っているモノは、権力があるからかも知れない。
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