2005/07/09 風景
先日、とある朗読会に出席しました。その会場が「守屋第一ビル」。
実は、会場に到着するまでそこで行う事は知らずに連れてこられてビックリ。
導かれるように、林雅子ワールドへいざなわれたのだった・・・(笑)
とは言え、42年の月日を経た建築は、周辺環境の変化に飲み込まれるように建っている。
内部には透明なアクリル模型と竣工当時の美しい姿がノスタルジックに写真に収まっていた。
竣工当初は、この建築よりも高いものは無く、2階建ての勾配屋根に瓦を乗せた建物が延々と連なる環境であったらしい。
その写真を見て、驚きを隠せなかった。
42年前とは言え、長野の中心部があれほどの瓦屋根で覆われていたのか・・・。
「守屋第一ビル」では、その瓦屋根をモチーフにコンクリートのピロティと融合したデザインで後に雅子風と呼ばれる原点でもある。しかし、そのモチーフ自身が消え去り、近代を象徴していたコンクリート打放しと共に、過去の瓦屋根の面影を残す唯一の存在になってしまった。
風景とは、人々の記憶である。もはや林雅子の瓦屋根を見ても、過去の風景を見た者でなければ、あの延々と続く低層の瓦屋根をイメージする事は出来ない。
それほどに、日本の風景はうつろいやすくはかないものなのか・・・
私は、以前より周辺環境の一つとして隣の建物のデザインなどを含める事に対する疑問を持っていた。
もちろん公共建築や歴史的建築ならば話は別だが、いつ取り壊されるか分からないような商店建築や住宅をモチーフにデザインする事にどれほどの意味があるのか。
前述の「守屋第一ビル」は勾配屋根と瓦屋根で存在感を示しているのではなく、明らかにあのピロティのボイドによってアイデンティティを確保している。
コンクリートをツタで覆ってしまうのは、コンクリートが人々の記憶に刺激が強すぎるからという指摘があるらしいが、たとえそれがコンクリート打放しだと認識できなくても、あのピロティだけは消え去る事は無い。
かつて、「門構えのあるオフィスビル」として発表されたようだが、オフィスビルは時代とともに高層化し、モニュメンタルだった門構えを飲み込む勢いで増殖していったが、唯一コンセプチャルな門がこれからも残され時代を受け継いでゆくと思う。
建築に必要なのは、この時代を超越するコンセプトが存在するかどうかだけが、生命線である。
どれほどのデザインの強度を与えられるか。
それが、建築家が建築に込める事が出来る唯一の仕事である。
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