2005/07/12 常識
建築は現代の生活に密着しているから、なかなかその存在を明確に定義するのは難しいと思う。
身の回りのあらゆる所に既に存在しているものだから、それがイイモノかワルイモノか良くわからなかったりする。
シックハウスの問題はアレルギー反応であるが、自然素材であればそれが起こらないかと言えば、そうでは無い人もいる。常識とは常に、細かい問題を見えなくし、簡略化する事で世の中に染み渡っていく。
いつの時代も常識が正しいとは限らないし、次の時代に簡単に否定されるのも日常茶飯事である。
だから、常にゼロから思考を始める事は時間のかかる事だが、怠ってはいけない。
常に常識を疑う姿勢を持っていなければ、簡単に飲み込まれてしまう。
全て常識で整理で出来るほど世の中は単純ではない。
複雑な問題が単純な方法で解決する事が多々あるが、だからといって問題自体が単純な訳ではない。
ホルムアルデヒドは確かに人間に有害であるが、それが諸悪の根源ではない。
人工的な薬品が使われてなければ良いのではなく、その使い方に問題がある。
接着する部材があれば、接着するための性能を確保するために、様々な研究をするだろう。
それが、ある物質を使えば接着する性能を満たす事が解ればそれを多用する。
その物質がなんであろうと、化学薬品には違いが無い。
しかし、その場合接着剤の内容は吟味するかもしれないが、接着が必要かどうかはあまり議論されない。まず、接着ありきである。
もともと、接着剤は手間を省くために開発されたから、手間をかける昔の工法ははじめから忘れ去られている。
手間を省く事を新しい「商品」かのように宣伝して、うまく市場に乗せられればそれが常識となる。
世の中の商品は皆そうして生まれている。
だから、その本質を見抜くには本当の良さとはなんなのかを考えなければならない。
企業の論理ではなく、個人の、そして人間の論理として。
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