2006/02/07 ブラックボックス
愛車をあずかってもらっている車屋さんと話をしていたときのこと。
僕はこれから乗る車が旧車なので、メンテナンスを覚える意味でメンテナンスマニュアルを持って
アドバイスを受けていた。
その時に、「この本、昔学校で習った事がたくさん書いてありますね」
などと言っていたのですが、「最近の車はこんな部品触りませんよ」との事。
僕は車屋さんと言えば、オイルまみれになりながら、ミッションのギアなんかを丁寧にいじるイメージが
あったのですが、「今の車はありえません」と言われてしまった。
現在はほとんどがPCで管理されているらしく、PCにつないでエンジンをかければほとんどの故障を
見つける事ができ、場合によってはPC上でリセット等をすることで直るらしい。
で、修理工場のすることと言えば、その部品に関連するアッセンブリー(組付け部品)交換のみ。
メーカーの人いわく、「エンジニアではなくてチェンジニアです」。
うーん。
確かに家電にチップが組み込まれる時代だから、車がハイテク化してブラックボックス化するのは
デメリットだけではないかもしれない。でも、なんか違う。
僕はもともと車のメカが大好きだ。エンジンを考えた人は凄いと思う。
だから、それがどうやって動くのかを知っていたいし、どうして動かないのか知っていたい。
そうやって車と接する事で道具を超えたツール=手足となるのだと思う。
壊れた車がPCで直るのは素晴らしいことだけど、それがメーカーだけのものになっている状態は
必ずしも幸せではないと思う。かつて工業化が未来を輝かせていたのは、規格というものが多くの
人に幸せをもたらすと信じていたからだ。
しかし、その規格を独自のものにすることで権利を得ようとしたために規格自体が崩壊しているものも
たくさんある。
PCには自作PCというカテゴリーがあるが、これは何もcpuをゼロからつくる事ではない。
規格のパーツをアッセンブリーするだけだ。それに対して、日本の企業であるNECのつくっていた
PC-98シリーズは徹底的にブラックボックス化していた。使用されるソフトも98用でなければ動かなかった。
だから、当時は標準規格のdos/vとPC-98のどちらを使う?みたいな事がたくさんあった。
あれから10年ほど経過したが、結果はどうだろう。PC-98など知っている人の方が少ない。
何に既得権というか利権を持つかという問題は非常に難しいが、標準化というテーマはかつて建築でも
メインテーマになるほどの力を持っている。だからこそ、いい加減な標準化は負の力も持っている事を考えるべきだ。
ましてや、建築や車は日常生活に直結しているのだから。
Copyright© 2000
TNdesign. All Rights Reserved