2006/05/22 絶対的と相対的
アインシュタインが特殊相対性理論を発表してちょうど100年後の現代において
相対性と絶対性はどういう関係だろうか。
アインシュタインのその論によれば、唯一絶対的なものは、光速である。
それ以外は時間も空間も相対的なもので、空間と時間が絶対的だと考えられてきた
世界から見れば、画期的な理論に違いない。
しかし、それが真実かどうかは疑わしい。既に、多くの否定的な説が存在する。
私が興味があるのは、アインシュタインが正しいか正しくないかではなく、相対的と絶対的という関係性である。
建築において何を絶対的と考えるかは非常に重要だ。
アートと違って建築は必ず作家以外の第三者の意見を取り込まなければならない宿命がある。
そこに既に相対性と絶対性が垣間見える。
機能とかたちの問題にしてもしかりである。
作風についても言える事で、相対的に変化していくのが良いか悪いか分からないが
どうやら世界は絶対的なものを拒む人間とむしろ好む人間と二通りあるらしい。
隈研吾氏の「負ける建築」宣言はまさにその相対性に基づく理論だと思う。
反対に安藤忠雄氏のコンクリートは、その対極にあるもので絶対的にその手法を変えずに建築を創っている。
隈氏はこうも言っている。
「洗練はクラフトであり、不透明。僕はバラック的なバナキュラーで透明なものをつくりたい。」
クラフト的なものはどんどんブラックボックス化していき、一般の人には何がどうなっているか分からない。
安藤氏の洗練さが否定されないのは、その形態にのみ意識されているからだと思う。
それは、一般の人でも十分理解できる事であり、そこに自然と人間を根拠にすれば
非常に説得力がある。
コルビュジエも近代建築と自然、特に光りに絶対性を見いだしているのは、アインシュタインの影響かも知れない。
光の絶対性と相対性。
これは一筋縄では解明できない、危険と魅力がある問題だ。
そして、今も建築はこの光を求めて創られていると言っても過言ではない。
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