2006/07/29 fiber city
遅ればせながら、FIBER CITY〜東京2050 の都市計画を見る事ができました。
これは丹下先生が発表した「東京1960」の現代版なのですが、大野先生が言うように
建築家が都市を論じ、考察している気配というか風潮が少ないのは私自身も感じるところ。
建築家にとって都市は前面道路であり、ファサードをガラス張りにすれば「都市に開く」と
言ってしまうくらい、矮小な存在だ。とある芸術家が言っていたが、それに近い状況を感じる。
しかし、だからといって直接に単体の建築が影響力を持てるかと言えば、とたんにトーンダウンする。
それは建築を単体で捉えている限り困難だろう。
だからこそ、都市計画というイメージの共有が必要だ。
それぞれが出来る事は、わずかかも知れないが、同じイメージを共有している人間の活動が
点から線へ、線から面へ拡張する事でより有効になってくる。
そういう意味で、この「東京2050」で提示された都市イメージは、私には非常に魅力的に見えた。
拡張から縮小へ、「コンパクトな大都市」という概念が「東京1960」と対比している分わかりやく
自然に受け入れられる。特に地方都市の人口減少は、今すぐに問題が起こってもおかしくない。
状況は突然変化するものでもないが、かといってそれが停止するものでもない。
現実は刻々と変化している。
かつて人口も文明も右肩上がりで、拡張と膨張の世界観の中にいれば「ビックバン」のような宇宙理論が
考えられても当然といば当然だ。現代は少なからず、膨張論は間違いではないかという説が増えているのは
時代がそうさせているかもしれない。
どちらの説が正しいかを証明するのは、物理学者の仕事だが、少なくとも私は宇宙が点から始まったとは
信じていない。
まして、膨張の果てに大爆発を起こして宇宙と世界が消滅してしまうのなら、地球も同じ運命をたどって
膨張と拡張を続けるだろうし、それが正しいのかもしれない。
少し都市論と無関係かもしれないが、見た事もない事をイメージする事は重要な事だと思う。
宇宙の最後も都市の終わりも今だれも見る事は出来ない。
でも、想像する事はできる。
そして、それを現実にする事も不可能ではないのだから。
Copyright© 2000 TNdesign. All Rights Reserved