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	<title>2008 |TNdesign</title>
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	<description>TNデザイン一級建築士事務所</description>
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		<title>古いモノ</title>
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		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 15 Jan 2009 05:04:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2008]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>&#160; photo:Two old guys by uffizi.chu カメラをいじるようになってから、自分のまわりに古いものと新しいものが混在するようになってきてふとモノってことの存在を考えてみた。 新しいモノというのは、新しい技術だったりデザインだったりして新鮮だったりするんだけど、 これを10年後見たときにどう思うのかなって思ったり、こんな技術が本当に必要だったの？って思うのかなと考えたりします。 僕の車は40年前の車だけど、きちんと動くし故障も滅多にしません。 壊れても自分で直せるから、安上がりだったりします。 エコの時代ですが、燃費もさほど悪くありません。 その気になれば、電動カーにすることも出来ます。 今、いいことだけをあげましたが、悪いことも当然あります。 冬は寒くて夏は暑い。 バイクよりまし。そんな程度。 でも、そんなこと僕は気にならないし家族も気にしてません。 何より気に入っています。 何が言いたいかというと、「気に入る」とか「楽しい」とかそういうことを感じることがいかに大切かということ。 気に入ったモノは何よりも大切でそれは、実はモノだけでなく全てに共通すること。 というのが僕の持論。 新しいモノを見てそちらの方が良いと思うことは多々あるが、単に新しいとい&#8230;</p>
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		<title>photo</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2008/12/12/photo/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 12 Dec 2008 00:09:25 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2008]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>&#160; Photo:Linhof 2 by twak 最近の僕の記事にはあまり画像がありません。 写真をあまり撮っていないのもありますが、文章を書く方が楽しいと言うのが本音です。 でも、最近ついに「シノゴ」に手をだしてしまいました。 「シノゴ」って何？という方は検索してみてください。 簡単に言うともう絶滅寸前の銀塩フィルムカメラです。それも大型の。 デジタルカメラ全盛のこの時代にと思うかもしれませんが、僕はアオリの使えないカメラに魅力を感じられないのです。 建築を撮るならやっぱりアオリが大切。 なんて実は単にやってみたかっただけだったりするんですが。 でも外で撮るのは結構勇気がいるので、とりあえず室内で練習中。 どれだけプロに近づけるのか。乞うご期待。 といってもドが2個くらいつく素人なんですけど。&#8230;</p>
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		<title>style</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2008/12/09/style/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 09 Dec 2008 04:39:35 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2008]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>Photo:France, Bouches-du-Rhône (13), Marseille, 8ème arr. : &#8221; Cité Radieuse &#8221; Le Corbusier 1945-52 , &#8221; l&#8217;Unité d&#8217;Habitation de Grandeur Conforme &#8221; facade est by (vincent desjardins) 建築家に依頼すると、建築家のやりたいようにつくられるから・・・。 という話をよく聞きます。それはそもそも建築家がつくる家がいいと思っているのかいないのかというところが抜けています。 『シツカン』という話を書きましたが、建築そのものでもその考え方は共通です。 つまり同じプランで同じお金を掛けたとき、それが全く同じデザインであったとしても建築家によってその質感というレベルにおいて、完成した建築に明らかな優劣が存在します。 でも、一般的にはそれは表面化しません。建築の場合はその選択肢があまりに多いため全く同じものはほとんど存在しないからです。 質感を体感するには全く同じものでないと一般的には分かりづらいものです。(プロの目はごまかせませんが) 街を歩いて、もしも&#8230;</p>
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		<title>シツカン</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2008/12/05/%e3%82%b7%e3%83%84%e3%82%ab%e3%83%b3/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 05 Dec 2008 13:28:37 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2008]]></category>
		<category><![CDATA[建築デザイン思考]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>&#160; Photo:The Matter of Time by cocoate.com モノの質の差を言葉で説明するのは難しい。 例えば、塗装一つとってもその塗料の質感が存在するので、同じ色をチョイスしたとしても異なる質感を持っている。 同じように見えても質は全て異なることが多い。 それは、無垢の素材の場合が多い。 木材であったり、コンクリートであったり、その素材の持つ独特の質感はそのモノを目の前で体感し直接触れてみなければ、良さも悪さもわからない。 そして、それを感じることはどんな人でも体感することで一瞬で理解できる。 建築は写真では伝わらないその質感がとても重要だと僕は思っている。 名作と言われる建築にはその質感というものを何らかの形で持っている。 いろいろな建築に足を運んで体感してきたが、それは確信している。 でも、それは言葉で表現するのは難しいし、ましてや建築で表現するのはもっと難しい。 先日、打ち合わせの席での話。 「僕の仕事はこういったものは扱っていないのですが、こういうモノにも違いがあるのですね。 これ、なにがいいかは言えないですけど、なんかいいですね。」 ある素材のサンプルを見ながらクライアントがそう話してくれました。 こういう感覚は共通認識として必ずもっている&#8230;</p>
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		<title>初心忘るべからず</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2008/11/13/%e5%88%9d%e5%bf%83%e5%bf%98%e3%82%8b%e3%81%b9%e3%81%8b%e3%82%89%e3%81%9a/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 13 Nov 2008 04:16:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2008]]></category>
		<category><![CDATA[建築デザイン思考]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>&#160; Photo:atelier bow-wow, sectional model of house tower, tokyo 2006 by seier+seier 最近、学生の方と話す機会があったのですが、やはり若さというかパワーがあるというのは凄いなと思いました。 そして、初心を忘れないということの大切さとそれを維持することの大変さを感じました。 設計という行為はそれ自体、知識の集合体のようなものですが、知識というのは経験をともなって初めて肉体化するものだと思います。 だから、設計自体も年を重ねるごとに巧くなっていくというのが一般的に考えられることだと思いますが、現実はそう簡単ではありません。 経験というのは、同じ時間を同じ条件で与えられたとしても、その捉え方次第で共通ではありません。 極端に言えば全く正反対の経験として蓄積される場合もあります。 ある人はポジティブな経験として認識し、またある人はネガティブな経験として知識を構築すれば、次に同じ場面に遭遇したとき、どうなるでしょうか。 どんな状況でも立ち向かえる気持ちを維持することは並大抵ではありません。 時には心が折れそうになることもあるのが現実です。 僕が学生時代にアルバイトをした設計事務所の所長が話していた言葉を思&#8230;</p>
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		<title>著作権</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2008/11/11/%e8%91%97%e4%bd%9c%e6%a8%a9/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 11 Nov 2008 06:10:14 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2008]]></category>
		<category><![CDATA[建築デザイン思考]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>&#160; Photo:Large copyright sign made of jigsaw puzzle pieces by Horia Varlan 最近、若干ですが以前よりも事務所への問い合わせが増えたような気がします。（気のせい？） ありがたいことです・・・。 ところで、タイトルの「著作権」ですが、なぜこのような文章を書く気になったのかと申しますと、僕自身ではないのですが、間接的に著作の侵害を受けた（と感じた）からです。 それで、ちょっと調べてみました。 建築において著作権というのはどのように機能しているのでしょうか。 建築に関する著作としては、設計図書とそれによってつくられた建築物の二つがあります。 設計図書が建築家による著作物である限り、著作権を有するのは建築家側であることは容易に判断できますが、建築物の方はどうでしょう。 結論から述べますと、建築物自体の「芸術性」によってその有無が異なるのだそうです。 裁判の判例にその芸術性について述べられたものがあるようです。 これは、僕自身初めて知りました。 その判例によると「この建物は一般人をして、設計者の文化的精神性を感得せしめるような芸術性を備えたものとは認められず・・・」となっています。 芸術性の根拠自体は非常にあいまい&#8230;</p>
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		<title>オープンハウス</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2008/09/18/%e3%82%aa%e3%83%bc%e3%83%97%e3%83%b3%e3%83%8f%e3%82%a6%e3%82%b9-2/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 17 Sep 2008 23:25:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2008]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>最近は忙しくて、ブログの更新が滞ってます・・・。 先週、出張の合間にある建築家の住宅作品を見学しました。 東京の閑静な住宅地の中で、気持ちのいい住宅でした。 作家の特徴でもあるのでしょうが、いい意味で外観に全く目がいかずインテリア的な作品に感じました。 住宅はある意味究極のインテリアなのでそれを追求しているかもしれない。 とても優しい空気感のある住宅。&#8230;</p>
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		<item>
		<title>開眼法要</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2008/08/22/%e9%96%8b%e7%9c%bc%e6%b3%95%e8%a6%81/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 22 Aug 2008 01:19:12 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2008]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>先日、当事務所の設計の観音堂にて開眼法要が行われました。 あいにくの雨で、法要の30分前から突然豪雨になり、心配されましたが 無事に終えることができました。関係者の方々お疲れさまでした。 でも、終了後に雨がピタッと止んでしまったのですが 僕にはそれがとても不思議に感じました。 中では護摩も焚かれて小さな空間が大きく感じられました。 これでやっと観音堂が観音堂として機能する訳ですが、こうして眺めていると こんなに小さな建築ですが、立派に公共建築であり、それぞれに思いを抱えながら創られたのだなぁと感じました。 地域の人に愛され続けてほしいと願います。&#8230;</p>
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			</item>
		<item>
		<title>出会い</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2008/06/27/%e5%87%ba%e4%bc%9a%e3%81%84/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 27 Jun 2008 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2008]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>&#160; Photo:Beautiful October day in Nagoya by Robert Sanzalone 先日、住宅のことを相談したいということで、10年ぶりぐらいに大学時代の友人宅へ伺ってきました。 名古屋に在住の方なんですが、長野から近いと思いきや結構距離がありました。 でも、久々の再会はとても楽しい時間でした。 そしてなにより、住宅のこと相談してくれる事自体が僕にとっては意味のあることでした。 僕は最近住宅を創ることは、その人の人生に関わることだなぁと感じることが多くあります。 イベント等でいろいろな方と話す機会があるのですが、同じ家の話をしていてもどうも話が 通じないというか引っかからない感じといいますか、そういうことを感じることもある訳です。 そういう場合は100％依頼などこない訳なんですけど、そうではない方もやっぱりいらっしゃる訳で。 でも、そこで踏み込んで話をしていくといろいろ問題があったりします。 そういう紆余曲折を経て初めて、建築という物質に変化していくのです。 建築家の中にもやはりそういうソフト的な部分にあまり触れないで、ハードのみで進める先生も いるみたいですが、僕にはあまり出来そうにありません。 むしろそういう部分に触れたいというか、住&#8230;</p>
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			</item>
		<item>
		<title>pillar!</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2008/03/30/pillar/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 30 Mar 2008 14:47:15 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2008]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>先日、何気なくドラマ見ていたのですがそのロケに使用されていた建築が目を引きました。 んーいい柱だなーって感じで見てたんですが、よく見ると「埼玉大学」でした。 やはりいい建築は絵になります。 しかも、あれだけのスケールだとテレビのロケぐらいの視野だと同じ建築の中で完結できるのでより完璧です。 最近、建築に対して自分のモチベーションに迷いがあっていろいろ考えることが多かったのですが、少しずつクリアになってきました。 その意味でも、「埼玉大学」インパクトは強烈でした。 建築がファッション化して、流行を追ったりしかけたりすることが建築家のアイデンティティになりつつありますが、その一方で何十年というスパンでその土地に存在しつつけるという宿命をもっているます。それは時には人間の一生よりも長い場合もあるわけですが、その中で価値を見いだすのは何なのか。 少しずつ答えを見つけたいと思います。&#8230;</p>
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