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	<title>2006 |TNdesign</title>
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	<description>TNデザイン一級建築士事務所</description>
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		<title>ルール</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2006/11/02/%e3%83%ab%e3%83%bc%e3%83%ab/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 01 Nov 2006 15:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2006]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>Photo:Untitled by JessyeAnne 最近の日本で起きる出来事は少しおかしく感じるのは僕だけなのだろうか。 いじめられた人が自殺して、履修不足が発覚した校長先生が自殺する。 出来ちゃった結婚して一年もたたないうちに離婚しそうだけど、実は姑とうまく行ってないからとか。 どれも問題の核心とは違う所が注目されているような・・・。 学校の校長先生が発言する言葉は、コロコロ変わっちゃうし。 飲酒運転する人は減らないらしいし。 どんな世界でもルールがあって、その中で考えたり行動したりするのだけれど ふと気づくとそのルールの問題点に気がつくのはよくある事だ。 そのルールを変えようと頑張ったり、ルールを破ってしまったりするのだろうけど。 ルールを無視すれば他の人が迷惑するのだろうし、迷惑だからルールがある。 人によってルールを守る精度というか判断基準は曖昧なのは当然の事だけど これくらいは大丈夫、と思うレベルの格差が現代はすごく広がっているような気がする。 格差社会なんて言われているけれど、こういう精度の格差さえも広がっていると思うと 日本の未来に希望はあるのだろうか。&#8230;</p>
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		<title>建築を読むという事</title>
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		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 31 Oct 2006 15:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2006]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>随分更新していなかったのですが、久々のエントリー。 最近は、建築や建築業界を客観的に見るようになりました。 それには、それなりの理由があるからだけど。 さて、建築だけでなくいろいろな人工物には作者がいる。 作者が居て作品がある。 作品はそのとき作者の意図を明確に表現しているのだろうか。 建築の場合、作者は一人ではない。むしろ他者との対話によってしか生成されない。 しかし、そこに出現する構造体は明らかに何かを語っている。 でも、その言葉は作者の言葉ではないかもしれない。 以前は言葉で表現出来ないから造形で表現するのが建築だと考えていた。 でもそれは、少し違うかもしれないと思うようになってきた。 ヒトという動物は言葉を持っている。 ヒト以外の動物も言葉と似たようなものを持っているが、ヒトほど明確ではない。 ヒト以外の動物は環環境と呼ばれる独自の環境を持っている。 しかし、ヒトはその環環境を持っていない為に言葉を用いて環境を構築しているらしい。 だから、ヒトが言葉を用いる事で人間になるのだそうだ。 そして、言葉によって環境を構築するのだから、言葉で表現出来ないものは環境ではないという事になる。&#8230;</p>
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		<title>建築家という商売</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2006/10/06/%e5%bb%ba%e7%af%89%e5%ae%b6%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e5%95%86%e5%a3%b2/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 05 Oct 2006 15:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2006]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>Photo:Architecture by Moyan_Brenn タイトルからして書くのに抵抗のある「商売」という言葉。 商品を売るのが商売であれば建築家は何を売っているのか。 医者や弁護士は商売と言えるのか。 医者も弁護士もある意味商売であると考えられている部分もあるかもしれない。 しかし、医者にしろ弁護士にしろ根底にある使命感や正義感がなければその仕事に意味があるのか。 意味など必要なくて、ただ金を得る為だったら他の仕事の方がきっと楽に得る事ができるだろう。 金を得る為に仕事をするのだったら、最も効率の良い仕事を探すべきで、それは時代によって変化していく筈だ。 だから同じ業界にしがみつくのは最も効率が悪い(かもしれない）。 最近、女子プロレスラーが議員に繰り上げ当選したが、ああいう生き方を見ていると本当にそう思える。 あの議員は（私には）政治家には見えない。 政治のプロとは思えない人が国会に勉強しにいっているようにしか見えない。 職業として「～になる」というのと「～として認められる」ということは全く別の事なのだ。 この議員を見ていて心の底からそう感じた。 だから、自らの肩書きを声高に叫ぶ事は簡単だが周囲を納得させるのは、実力しか無いのだろう。 さて、商売の話。 設計事務所は誰で&#8230;</p>
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		<title>住宅という建築</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2006/10/05/%e4%bd%8f%e5%ae%85%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e5%bb%ba%e7%af%89/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 04 Oct 2006 15:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2006]]></category>
		<category><![CDATA[建築デザイン思考]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>Photo:www.toyo-ito.co.jp 久しぶりに読書 本は「中野本町の家」。 約１０年くらい前の本。 以前購入しようと思ったら品切れになっていて、絶版になっていたと思ったら 偶然本屋で遭遇。 最近になって再販されたみたい。 面白くて一気に読み終えてしまった。ボリュームか少ないのもあるけど。 ここには、若き建築家の情熱と住宅を欲した施主の葛藤が克明に記されている。 建築家と呼ばれる人間ならば、それは誰しもが表現者にほかならない。 表現者なのだから、そこに独自の価値観が挿入されているし、そうでなければ 建築家とすら呼ばれない。 しかし、その価値が施主にとって有益なのかどうなのか。 そこに建築家の存在価値を見いだす事も出来るが、批判を浴びる原因にもなっている。 「建築家」というのは日本ではその定義が極めて曖昧だ。 私自身、建築家と呼ばれる事に抵抗がある。 私はそんなに大家ではない。 逆を言うと大家である人が建築家と呼ばれるべきだ。 日本にはあまりに多くの「建築家」がいると思う。 価値のある作品を創れる人はそう多くはいない。 最近は建築家ブームらしく、至る所に建築家という肩書きで商業的な動きがある。 私も少なからずそういう所に関わった事があるが、何か危機感を感じる。 ”デザイナー&#8230;</p>
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		<title>越後妻有アートトリエンナーレ2006　その5</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2006/09/15/%e8%b6%8a%e5%be%8c%e5%a6%bb%e6%9c%89%e3%82%a2%e3%83%bc%e3%83%88%e3%83%88%e3%83%aa%e3%82%a8%e3%83%b3%e3%83%8a%e3%83%bc%e3%83%ac2006%e3%80%80%e3%81%9d%e3%81%ae5/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 14 Sep 2006 15:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2006]]></category>
		<category><![CDATA[建築行脚]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>風景は少しずつ変化している。 その風景が変わっても切り取る気持ちと場所はいつまでも変わらない。 その気持ちがフレームに託されている。 ゆらゆら揺れるカーテンは移ろい行く風景を包み込み受け止めている。 何百年の月日を重ねてつくり上げられた風景を人間の営みは一瞬で変えてしまえるほどの力を持ってしまった。 その力を自在に使う能力を持つ事は、力を得る事よりも難しい。 世の中を変える力はそういう能力を身につけた人間が行使しなければいずれ破綻する。 対岸の木の為の空間。 すでにうっそうとしてしまって、木の存在が良くわからないが 僕の好きな空間。 子供にちょうど良い位の空間だが、そのタイトさが心地よい。 こういう、空間性のあるものがやっぱり楽しい。 よく見ると、ヒトガタの集積で構成されている。 TOD&#8217;Sの人版でしょうか。 先日、話をした人がTOD&#8217;Sとミキモトは同じデザインだと思う。という人がいた。 僕は全く違うと思うのだが、それが同じだと思うとしたら形しか見えていないのだろうと感じた。 このヒトガタは、壁に孔があいているという風にみれば、全くヒトガタには見えない。 孔ではなく隙間という感じだろう。 孔と隙間は、言葉が違うが表現される物体は似たようなものかもしれない。 し&#8230;</p>
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		<title>越後妻有アートトリエンナーレ2006　その4</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2006/09/14/%e8%b6%8a%e5%be%8c%e5%a6%bb%e6%9c%89%e3%82%a2%e3%83%bc%e3%83%88%e3%83%88%e3%83%aa%e3%82%a8%e3%83%b3%e3%83%8a%e3%83%bc%e3%83%ac2006%e3%80%80%e3%81%9d%e3%81%ae4/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 13 Sep 2006 15:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2006]]></category>
		<category><![CDATA[建築行脚]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>建築と言う風景。芸術と言う風景。 風景をつくるということ。 それは、芸術をつくるということ。 芸術はもともと身近にあるものなのだから それに気づくかどうかは人間次第。 地面に埋められた幾何学。 それは、見るというより包まれる感じ。 洞窟的空間は、僕にはなぜか懐かしく感じるのは、DNAの仕業なのか。 子供の頃の記憶なのか定かではない。 そこにただ一人、立ち続ける。 群れることはしないで。 ただ一人思い続ける。 バタフライ・スツールのブランコ。 シェーズ・ロングのブランコがあったら、欲しいと思う今日この頃。 かつて、この廊下を小学生たちが歩いていた。 今は近未来の通路のよう。 こういう光はたまらなく好きだ。 「田園の枯山水」&#8230;</p>
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		<item>
		<title>越後妻有アートトリエンナーレ2006　その3</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2006/09/13/%e8%b6%8a%e5%be%8c%e5%a6%bb%e6%9c%89%e3%82%a2%e3%83%bc%e3%83%88%e3%83%88%e3%83%aa%e3%82%a8%e3%83%b3%e3%83%8a%e3%83%bc%e3%83%ac2006%e3%80%80%e3%81%9d%e3%81%ae3/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 12 Sep 2006 15:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2006]]></category>
		<category><![CDATA[建築行脚]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>廃墟の美。人間のエネルギーを込めてつくられたモノが朽ちていくことで、自然のエネルギーに委ねる。 自然と一体となるという事はこういう事かもしれない。 闇に浮かぶ光。光だけが物質を物質足らしめている。 光がなければ認知することすら出来ない。 それほどに闇は全てを飲み込んでしまう。 だから、古代の人間は闇を恐れたし、現代でも恐ろしい。 現代に本当の意味で闇が存在しないのは、その恐怖の裏返し。 そして、その闇に輝く光は時に本当に美しく思える。 闇の恐怖から解放されるという安堵感がそうさせるのか。 水面に浮かぶ幼虫のような物体は光を蓄えてさらに魅力的に見えた。 偶然、花火が見れたのだが、光の共演が楽しげだった。&#8230;</p>
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		<title>越後妻有アートトリエンナーレ2006　その2</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2006/09/12/%e8%b6%8a%e5%be%8c%e5%a6%bb%e6%9c%89%e3%82%a2%e3%83%bc%e3%83%88%e3%83%88%e3%83%aa%e3%82%a8%e3%83%b3%e3%83%8a%e3%83%bc%e3%83%ac2006%e3%80%80%e3%81%9d%e3%81%ae2/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 11 Sep 2006 15:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2006]]></category>
		<category><![CDATA[建築行脚]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>自然と人工物のせめぎ合い。 しかし、このコールテン鋼自身も自然の状態であるとも言える。 お互いにお互いの自然をぶつけ合って、共有している事が素晴らしい。 抽象化された風景。 自然は有機的な存在であるが故にその対比としての抽象がある。 人間の肉体は有機的だが、脳＝思考は抽象的である。 だからこそ、有機物の中の無機物が人間の思考を象徴しているように私は思えるのである。 建築の抽象化は、人間の思考を追求すれば表れる現象だと思う。 住宅を抽象化するかしないかは、別問題かもしれないが 住宅が建築だとするのなら、住宅が抽象化されていくことは避けられない。 住宅が建築であり得ないのなら、それはもう住宅ではなくただの物質だ。 抽象化の先を見据える建築家がいる事は否定出来ないが、私はまだそこから抜け出せずにいるかも知れない。 向かい合う風景を見る為だけに設置された塔。 建築が機能を要求されるのは日常的だが、美術作品に機能を与えることで その意味を問うている。 現代の身の回りにある装置は全てにおいて多機能な存在であるが それが本当に価値に繋がっているかと言えばそうでもない。 多機能なものは多機能な故に価値を見いだせずに捨てられる事もある。 その存在だけが唯一の機能であれば、それが自然の姿ではないのか。 &#8230;</p>
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		<item>
		<title>越後妻有アートトリエンナーレ2006</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2006/09/08/%e8%b6%8a%e5%be%8c%e5%a6%bb%e6%9c%89%e3%82%a2%e3%83%bc%e3%83%88%e3%83%88%e3%83%aa%e3%82%a8%e3%83%b3%e3%83%8a%e3%83%bc%e3%83%ac2006/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 07 Sep 2006 15:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2006]]></category>
		<category><![CDATA[建築行脚]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>２週に渡り行ってきました。 2003年にも行くチャンスがあったのですが、今回が初めてです。 ３回分の作品なので、かなりのボリューム→300作品以上！ とても全ては回れないけれど、昔やったオリエンテーリングみたいで僕よりも家族が楽しんでました。 地域の活性化という意味でこういう企画というかお祭りは是非継続してもらいたいです。 地方と都市という関係ではなく、芸術という一見ハイカルチャーなフィルターで田舎の日常を共有するというのがとてもイイと思います。 そうすることで、経済効果という目先の利益ではなく、田舎自体の存在意義が変化してくるのではと期待しています。 まつだいならではの風景。大地の芸術という感じ。 宮崎アニメの世界のようです。アニメと違うのは、凄まじい迫力とエネルギーを感じます。 愛するカルマン・ギアは車の芸術だと思います。後ろの作品とコラボ！ 僕の好きな作品。カルマンが馴染んでます。&#8230;</p>
The post <a href="https://www.tndesign.net/2006/09/08/%e8%b6%8a%e5%be%8c%e5%a6%bb%e6%9c%89%e3%82%a2%e3%83%bc%e3%83%88%e3%83%88%e3%83%aa%e3%82%a8%e3%83%b3%e3%83%8a%e3%83%bc%e3%83%ac2006/">越後妻有アートトリエンナーレ2006</a> first appeared on <a href="https://www.tndesign.net">TNdesign</a>.]]></description>
		
		
		
			</item>
		<item>
		<title>JIN</title>
		<link>https://www.tndesign.net/2006/09/07/jin/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[TNdesign]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 06 Sep 2006 15:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[2006]]></category>
		<category><![CDATA[建築行脚]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>青木淳さん設計のオフィスです。 群馬にあります。 この建築も「登別」と同じ雰囲気を感じました。 デザインは全く違うし、材料だってこちらの方が少し高そうなものを使っているようですが。 ここで同じだと感じたのは、そのデザインアプローチというか手法が近い気がする。 こちらも内部を伺い知る事は出来ないので、外観だけの判断であるが。 やっぱり最小限の操作が圧倒的な存在感を出している。 外観を覆っているのは、土木用のもので、元々は防砂のために高速道路や倉庫に使う材料。 この材料メーカーの担当者と話をした事があるが、その時は伊東豊雄さんのブーメラン型の宿泊施設で使用されていて、その使い方に驚いていた。 ありふれた素材を使い方の妙でうならせる。 最小限の操作が印象的な外観をつくり出す。 他と違う事で差異を出すのは簡単だが、他と同じ事をしながらも差異を出すのは難しい。 それが、デザインの面白さ。&#8230;</p>
The post <a href="https://www.tndesign.net/2006/09/07/jin/">JIN</a> first appeared on <a href="https://www.tndesign.net">TNdesign</a>.]]></description>
		
		
		
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