UT-house

周辺環境は、善光寺を望む小高い山の中腹に位置する敷地。
東側に斜面が広がり、長野市の中心を上から眺める最高のロケーションであり、それを取り込むことは、当然の与条件で、自然なことでもある。 しかし、それをどのように、どの程度、どんな形でということを思考することは 無限の広がりと可能性に満ちている。 ここで考えたことは、ほんの一例に過ぎないが、それが僕の全てでもある。

敷地を湾曲に切り取った壁の上に平たいボリュームを乗せる。 言葉で書くとそれだけの建築である。 そこから先の構築に至っては、素材であったり、構造であったり、建築たりうる物質との戦いがはじまるが、最も抽象的にこの建築を語れば、まさにそれだけ。

今の時代は、電子化することでイノベーションが各分野で起こっているが、人間自体が電子化できないように、建築もリアルなオブジェクトから脱れられない。それは建築が人工物である証でもあり、人工物は自然を装うことはできない証でもある。だからこそ、平たく水平なオブジェクトはある意味で人間的でもあり、周囲の自然に抗う人間の意志そのものだと僕は思う。

そして、湾曲した連続壁が貫入するイメージが、20年前のコンペ作から引き継がれている事に後に気付くことになるのだが、それがどんな形で実現するかしないかという事よりも、思考の繋がりを知る事の方が僕にとっては重要なのかも知れない。

1999年コンペ作品「ゲーテの家」