TNデザイン一級建築設計事務所

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Photo:The High Court by diametrik

映画ネタ第二弾です。
今回は、「象の背中」です。
基本的に試写会なので、見たいモノが必ず見れる訳ではないので、なぜこの映画なのかにはあまり意味はないです。
でも、主演である役所広司さんは好きな俳優さんなので、興味はありました。

映画を見た率直な感想。
感動しました。単純に。久しぶりにいい邦画をみたなぁという感じです。
ただし、好みもあるので鵜呑みにはしないように。面白くないじゃん!という批判は受け付けません。(笑)
現に妻と一緒に見ましたが、妻はまったく面白くないと言っていました。
その理由の一つに、「視点が男の目線だよね」ということもあると思います。
「あんなの男の身勝手じゃん」と言われれば、言い返せないんですけど・・・。
でも、死様を考えることは必要なんじゃないかと僕なんかは思う訳です。
映画の中の方法が良いとは思いませんけど、自分の人生を振り返る時間を持つことは悪いことではないと思います。
ただ、それをいつするのか、いつ出来るのかが非常に重要だと思います。
自分に置き換えてみると、あと何棟ぐらい手掛けることが出来るのかなとか思うんですけど。
それって数じゃないよね、とか死んでから認められたりして、とか考えたり・・・。
やっぱり建築って自分より長生きの確立がすごく高くて、早死にするのも当然あるだろうけど少なくとも自分よりは長生きしてほしいと常に思っている訳で、そういう意味でその(自分が設計した)建築こそが自分の生きた証というか、痕跡というか。
僕は少なくともそれが少しでもいいから未来につながる建築であってほしいと願ってるんです。
それを見た未来の人が何かを感じられるような・・・。

そういうことを考えさせられました。この映画に。
会場には年配の方が多くいらっしゃいましたが、むしろ30代、40代が考えるべき問題ではないかとも思います。

人間は生まれたときから死に向かって生きていると思います。
でも、死の存在は現代の日本の日常のなかではあまり身近に感じないような社会になっているような気がします。
死を考えることは、生を考えること。

以前に、ある人からインドのガンジス川の話を聞きました。
インドには行ったことがないのですが、ガンジス川では生活のすべてがあるそうです。
もちろん誕生から死まで。
そうやって誕生だけでなく死をも生活の一部となっている社会。
それが良いか悪いかということは分からないけれど、淡々と過ぎ行く日常的な生と死。
そこで感じることは、きっと凄いものに違いない。

そう言えば、コルビュジェもカーンもインドにその生きた痕跡がありますね。