広重 建築行脚の記録-6 馬頭町広重美術館 設計は隈研吾氏。 こちらは、二度目の訪問で以前は3年前。 以前よりも屋根のルーバーの色が退色してきて、良い感じ。 所々、苔らしきものが出てきてますます日本建築に近寄っている。 団体客がいたりして、結構にぎわっていた。 展示自体に物量が無いので、滞在時間は長くないようだが 庭を眺めているだけで、気持ちがいい。 美術館全体をルーバーで覆う。 言葉にしてしまうと、これだけを徹底した建築である。 もう少し詳しくみると、ルーバーは全て天然木を使う、となる。 極めてシンプルである。 しかし、それを徹底するには並大抵の努力では実現しない。 建築は素材を限定した時点で、とたんに高度な技術が要求される。 それは、建築の素材がそれぞれの性能によって細かく使い分けされているからだ。 それを、知る事や知っている事が技術者=プロの役割だが、それを超えるのは建築家しかいない。 この建築はあたかもルーバーだけで創られているように創っている。 そのイメージがなければ、最終的な建築がこのようなモノにはなりえない。 駐車場の取り方が建築のクオリティに対して、安易な気がするが多分それはコストの関係だと思う。 建築にコストをかけたという訳ではなく、コストパフォーマンスが建築の方があまり…
ota-museum 建築行脚の記録-5 ota museum 設計は小島一浩/C+A。 外観を眺めただけだが、非常に楽しそうな建築だ。 プライベートな美術館という事だが、是非空間体験をしてみたい。 特に2階の屋内のような外部空間は魅力的だ。 技術的な観点で見ると、外部の防水仕様やキャンティの構造形式など、不安になる要素を持っているが、それだけにダイナミックな構成が美しい。 客間に乳白フィルムが貼られていたので、3階の浮遊感が弱められていたのが残念。 いつも思うのだが、事務所に戻って建築雑誌を読み返してみると最初の印象と随分違う事に気づく。大抵、建築雑誌を見てその建築に対して第一印象を持つのだが、実際に現地に訪れると同じ印象にはなかなかならない。これは、人間に会うのと同じで写真だけでは判断できない。 何となくその立ち振る舞いと言うか、佇み方と言うかそういうものによって感じ方というのは全く違うモノになるのだろう。 さらに、良いモノは何度訪れても新しい発見がある。 その発見自体は、単純で何でもない事のように見えるかも知れないし、実際に対した事でないこともあるが、それに気がつく事が重要だ。 時間は万物に平等に与えられているし、同じものはない。 そこで、共有された時間は特有のものだから、次に訪れたときのモノとは別…
gunma 建築行脚の記録-4 ぐんま国際アカデミー。 設計は宇野享/CAn+小島一浩・赤松佳珠子/CAt。 この建築は、文句なしに良かった。 見学は出来ないようだったのだが、たまたまいらっしゃった先生の好意で案内して頂いた。 感謝しております。 街並に埋もれるように低い軒先で囲まれながら、明らかに周辺とは違う、ある種異様なオーラを感じた。 なんでもないように見えるが、それは非常によく考えられたものだと言う事が、外観を見ただけで感じられた。 内部空間は、想像以上で子供たちのスケールに呼応するように、慎重に作られているのが良くわかる。 中庭は、非常に心地よい空間だった。 プランは、非常に外部に対して閉鎖的であるがそれを感じさせない。 昨今の事件が反映されているのは当然であるが、オープンスクールの祖を築いた方達なので、その配慮に深度がうかがえる。 ちょうど、初めての学校主宰のお祭りの前日だったそうで、準備で内部空間がにぎやかだったせいで、愛されている建築独特の瑞々しい雰囲気を漂わせており活気があった。 私自身、子を持つ親としてこの学校で学んでほしいと単純に思ったし、子供自身もそう感じたようだ。 「なんだかとっても楽しそう」という子供の言葉が、なにより真実を語っているように思う。 最後に、案内して頂い…
体感-2 建築と対話をする。 自然と対話をする。 人間と対話をすることは容易い。共通言語を持っているから。 でも共通言語を持っていない他者と対話をするのは、容易ではない。 建築は動けない。それは自然も同じ。 だから、こちらが会いに行く。 会ってみなければ、どんな他者かわからない。 お見合い写真は、もう見飽きてしまった。 新たなる出会いを求めて。 九谷焼窯跡展示館 静かなファサード 顔? 西田幾多郎記念哲学館 住吉の長屋がフラッシュバック。本家よりも太っている・・・ スタルクの椅子が壁面にとけ込む。 この純度に圧倒される。 コンクリートに転写されたレイヤーがこの建築のすべて。 全てを浄化するレイヤー。 格子のレイヤーが重なるごとに奥行きが増してゆく。 宇ノ気町立金津小学校 木造は純度が下がる。それをここまで引き上げるのは設計者の力量。…
体感-1 先日、建築を体感してきた。 純粋に体感するのは、簡単なようで難しい。 建築は機能があるものだから、その機能が満たしているかどうかは、比較的簡単に判断できる。 しかし、建築と対話をするべく姿勢で感じようとすると、とても一日では判断できない。 そこが、建築の懐の深さであり、奥行きというものだ。 対話する感覚は、その場所に身をおいた者にしか得られないものだろう。 そして、それを磨く事は建築家としてだけでなく、人間としての感受性をみがくことだ。 そこに、芸術の本質があると思う。 なんでもないことが、なんでもなく見える瞬間を大切に。 新たな発見に心ときめかせつつ、感じた事。 TARNSTATION大関 小さな駅で舞っている日常を包む鉄板。 周囲はごくありふれた住宅街に挿入された異質さが心地よい。 HALFTECTURE福井 ありふれた水平線と垂直線に抗うように曲がってしまった。あるいは曲げられてしまったよう。 曲線の美意識を感じる。 福井県立図書館・文書館 自然と人工物の対比は、建築の永遠のテーマ。 色彩の美しさと素材感が際立っている。 自然に負けない自然さ。…