ケンチクカン

僕は建築が好きだ。 そして、建築を作るプロセスはとても刺激的で、自分の思考が少しずつリアライズされる過程は何より至福な時間といっていい。 設計事務所の仕事は、設計をすることだから所員が現場に行くことは、設計監理の常駐以外あまり歓迎されない。 だから自分が独立をするなら、一つ一つ作るものを自分の目で確認して時に自らが手を下してでも作りたいと考えていた。 だから、胸を張って作品と呼べるし、そうだと確信していた。 その考え自体は変わっていないのだけれど、今はもっと距離をとるというか、むしろ自分が作らないからこその、幸せな偶然を期待するようになった。 全てをコントロールすることは、確実に設計者の理想でもあるが、それが真に良いことと思えないこともある。 もちろん意匠的な意図を持つことは大事なことだが、建築工事というカオスの中では、あまりに繊細で脆弱な論理でしかない。 しかし、本当に一流な技術は、意図しなくとも自然に全てを取り込んでいく。 例えば、安藤忠雄のコンクリートの壁を見たレンゾ・ピアノが「これは墨絵だろ?」というように。 恐らくそれは、単にコールドジョイントだと思われるが、それが墨絵に見えるほど美しいコールドジョイントをどうやって意図的に作るのか。 そういう偶然を引き寄せるだけの「何か」…

M2-house現調

新規契約クライアントの現地へ。 松本なのですが、こちらは長野と全く街の雰囲気が違います。 お城はあるし、親水性の高い街並みで美しいです。 なんとか現地からお城が見えないか確認すべく、ドローン出動。 10M以上、上がっても見えないことが判明し、眺望はほぼ諦めました。 #5115以来、あまり作っていない都市型住宅になりそうです。 田園風景と都市的環境のハザマの環境で、建築にできることは何なのか。 思いを巡らせて、その思いをクライアントと共有して、今の僕にできる最高の建築を提供する。 時間の許す限り、悩み抜き、知恵をしぼる。 それしか良いモノの作り方を僕は知らない。 以前に勤めていた事務所の同僚が、クライアントに喜ばれるものを作りたいと言った時、僕は違和感を持った。 その彼の意見はもっともな意見だし正しいと思う。でも、それは建築家でなくとも出来ることだ。 建築家であると自負するためには、やはり自分の考える最高の建築と呼べる理想を持てなければいけないと思っている。 その結果、それに共感してもらえるクライアントが現れることが、最高の評価だと思う。 その理想を追求することが僕の生きる目的。 それを仕事と呼ぶのか、趣味と呼ぶのか、人生と呼ぶのか、そんなことには興味はない。 僕は自分の考える最高の建…

キースヘリング美術館

以前に行ったキースヘリング美術館のエントリーから早4年近くになります。 増築工事や付帯設備が完成したようで、再び訪問しました。 今回は、仕事も絡みつつの訪問です。 平日に行ったので、入館者は他に誰もいなく貸切状態。 増築もしてるし、隣にホテルも建って、北川原ワールド全開ですが、レストランが併設されていないのはどうなんでしょうか。 ホテルの宿泊客は、外を歩いてレストランに行くらしい。 寒い時期はオフシーズンだからということか・・・。 思いっきり雪降ってるし。 外部の塗装も、構成が変わっていて以前のエントリー時の悪かったところも、かなり修復した感じです。 ここに来ると思うのは、ポップアートが美術品になってしまうと、やっぱり良さがなくなるというか、気軽さが売りなのに矛盾してるというか。 作品に触るなとか書かれても、それはキースの本意なの?って思ってしまう。 もちろん警告を無視して、軽々しく肩組みながら作品と一緒に写真に収まる神経も理解できないが。 キースのデザインは、みんなに揉みくちゃにされながら、愛されるアートだと思うのは僕だけでしょうか。 それならば、別にレプリカでも問題ないわけで、偉そうに鎮座するだけが美術品じゃないと思います。 大人の事情でもあるのでしょうか、見る側はよくわかりませ…

江戸東京博物館

両国の駅からの視線を十分に意識したであろうその形態はわかりやすさと複雑さを同時に表現しているようにも見える。 レム・コールハースの「ビッグネス」を建築家によって具現化したような佇まいは、異様なものだがここまで堂々とされると、やはり説得力を帯びてくる。 強いものが勝者であるのではなく、勝ったものが強いということか。 「バカの壁」を何気なく開く。 それは、15年ほど前の養老孟司著の対談をまとめた本で、とても読みやすいもの。 そこで語られる論旨は、現代人がいかに偏った思考方法かということが書いてある。 話せばわかるというのは大嘘で、話してもわからないことはこの世に無数に存在する。 説明してわかることは、ほんの少ししかない。 それがバカの壁であり、その壁に隔たれたもの同士がいくら会話を試みても、互いを理解することができない。 物を知るということは、このビッグネスな建築を前にした感情が、もっと近くに寄ってみたら、どうなのだろう 反対側から見たらどうなってる?あのピロティでコーヒー飲んだらどんな気分・・・。 というように無数の情報がそこに転がっている状態を、一つ一つ観察し体感して 再び同じ建築を見たときに、ガラッと見え方や感じ方が変わること。 それが、知るということ。 僕はこのショットをスマホに…

すみだ北斎美術館

総武線に乗っている時に、もう既に日も暮れて真っ暗なはずなのに異様なオーラを放つ建築物があった。 わずかに照明の光が漏れていて、独特の形態を映し出す。 そのうちに電車が動き出し、すぐに頭の建築インデックスが作動するのに気がつく。 『すみだ』ってこんな所にあるのか・・・・。 自分の建築センサーもなかなかやるなと自画自賛して、読みかけの「首折り男のための協奏曲」を再び読み始めた。 こんなに近くなら、すぐに行けると思い直して、明日の予定に無理やり組み込む。 次の日の天気は、予想以上に晴れていた。 建築を見る上で天気の影響は多大だ。良くも悪くも印象が変わってしまう。 でも『すみだ』はきっと雨だとしてもその佇まいは美しいものになることは容易に想像できる。 妹島事務所や西沢事務所は膨大なスタディを重ねることは建築界では有名な話だが、どんなにスタディを重ねていても、そこから選び出される案はたった一つで、それが妹島作品であり西沢作品になる。 西沢さんはもう10年以上自分で案を出さないらしい。 それが何を意味するかは、ここでは書かないが、妹島さんはもっと前からそうだろう。 ちなみにジャン・ヌーヴェルはスケッチすら書かないらしい。 スタッフへの指示は全て言葉でするそうだ。 建築家の仕事とはそういうものだ。…

鉄骨検査

T-houseの鉄骨検査に安曇野へ。 もう何度も鉄骨検査をしているけれど、未だに建築パーツを事前に確認するワクワク感は変わらない。 もちろん、事前に製作図を確認して、その通りの実物が目の前にあるだけの話なのですが。 でも、これが自分のイメージする空間を支える構造体なのだと考えると、楽しくなるのです。 鉄骨部材は規格品であり、ある程度決まった形です。 それを、適材適所で設計をして部材を使い分け、時にはカットして形を変えて骨組みを作る。 部材同士は溶接で接合されているので、それが規定の強度を持っているか、変形はないか パーツとしての形状がきちんとできているか、など様々な項目をチェックします。 それでも、建築現場に完璧はありません。 致命的なトラブルが発生する可能性はゼロではありません。 構造躯体の強度が低下するようなミスは、あまり起こりませんが意匠上のトラブルはよく起こります。 それは、デザインの意図というのを施工者(特に職人レベル)で理解することは非常に難しいということです。 だからこそ、建築家は現場を見て、細かい指示をしながらそれを作品として昇華させるべく腐心するのです。 現場監督はスムーズに進めるために、現場を管理し、我々もそれに協力をします。 ただ、僕が現場を見て考えているのは、…

飯山市文化交流館なちゅら

近場なので、行ってきました「なちゅら」。 設計は隈研吾さんです。 建築を評価するときに、ビルディングタイプの違いとか、予算の違いを理由にする人がいます。 例えば、お金があるからこんなことができるんだとか・・・。 本来そんなものは関係なくて、限られた予算の中でどんな解答がベストなのか、どうマネジメントされているのかを考えるべきです。 そして、この建築はここで何を作るべきか、周囲の環境をどう解釈するのか、どこにお金をかけるべきなのか 様々な要件に対する建築家の解答の一つ一つが、「そうだよね」と納得できるものでした。 施工費は約30億。 ホールを持つ文化施設として、余裕のある予算ではないと思うけれど、飯山市の財政を考えれば立派だと思います。 それに対して、きちんと建築家の『思い』が伝わる建築だと感じます。 長野市の市庁舎・市芸術館の施工費は約160億。 市庁舎の費用があるので、一概に比較はできませんが明らかに異なるデザイン密度。 大御所が設計したとしても「思い」がなければそれは建築ではなく建設に堕落する。 長野市民は見ておいた方がいいと思います。 ただ隈さんのポリゴン系の建築は、実は私は嫌いです。 ここでの、デザインテーマが何なのかは理解できますが。 結論としては、いい建築なんですけど・・…

世界遺産

久々のブログ更新。 Facebookで近況報告をするようになってから、ブログを書く機会が減ってしまいましたが、これはきちんと記録したいと思いました。 まず、日本で唯一のコルビュジェ作品である上野の『西洋美術館』が世界遺産になりました! このニュースは本当に嬉しいことです。 コルビュジェ財団が世界的に作品全てを世界遺産に認定しようという動きをしているようで、日本でも数年前から検討されていたようです。 関係各所の皆様にとっても、僕のような建築に関わる全ての人にとって、歴史が動いた記念すべき瞬間であると感じます。 ル・コルビュジェという建築家については、様々な研究がなされているのでそちらに論を譲るとして、作品についての解釈について僕の思うところを・・・。 SNSでもいろいろな意見がありますが、「西洋美術館」についての僕の評価は、実はあまり高くありません。 そう思う理由の一つに、コルビュジェの作品はどれも世界遺産として残すべきものですが、唯一日本の「西洋美術館」はそもそもコルビュジェ作品と言えるのか怪しいというものです。 これは主には磯崎さんが語っている説の受け売りなので、詳しくはそちらを見ていただきたいのですが、概略はコルビュジェの基本設計図には寸法が書かれていないこと。 実施設計を日本の…

日本建築思想史

久々に本が読みたくなって手にしたのが「日本建築思想史」磯崎新著。 磯崎さんの文章は難解ですが何故か読みたくなります。 そこに山があるから登るのが登山家であるなら、建築家として磯崎新の言説はエベレスト級の山に見えますが、どうしようもなく惹かれます。 本書は、難解なのは序章までで、あとは対談形式なのでとても楽に読めました。 内藤廣曰く「建築家の言説が難解なのは、出来なかったことを説明しようとしているから」と言っておりますが 磯崎さんに限っては、明らかに意図的に難解にしている。 分かるもんなら分かってみやがれ的な・・・。 現代において「わかりやすさ」は正義でもあり、なんでも簡略化や省略をして「わかりやすく」することで消費されます。 消費されないモノを構築するには、やはり消費されない思考ももちろんだが、社会背景も重要。 そういう意味では時代を読み解き、そこでどう振る舞うかにかかっている。 それは私のような末端の建築家であっても、同じだと思う。 磯崎新はこう読んでこう振る舞った。 僕はどう読み、どう振る舞う?…

itsukushima

[:ja] Trips 5日目、最終日です。 尾道の山側に登りたかったんですが、またの機会に・・・。 そのまま広島へ。 広島は2度目ですが、前回は世界遺産でもある宮島の厳島神社を見ていないので、それが最終目的。 途中に窪田勝文さんの住宅と谷尻誠さんの住宅、吉村 靖孝さんの作品にそっくりな建築がありました。 ざっくりとした情報しかなかったので、車窓をキョロキョロしていましたが、見つけられると結構嬉しいものです。 かなり偶然なことがほとんどですが。 さて、フェリーでいざ宮島へ。 夜と昼とで、2度訪れましたが満潮時に時間を合わせることができずに、水に浮かぶ状態を見ることはできませんでした。 でも、その歴史と壮大な構想を感じることはできました。 建築においての新しさってなんだろうと常々思いますが、構法や素材が変わっても その意志というか理念というか、そういうものは突き抜けると時代を超えて訴えていける。 伊勢神宮の式年遷宮も物理的な状態から抜け出すために、行っているようなものではないか。 だから、その根本である理念がなければどんな建築も抜け殻で、意味のないものだ。 20世紀は機能という理念に支配されていたかもしれないが、もっと違う理念や意志が必要だと思う。 帰りのフェリーのデッキから、神社が完…

ribbon-chapel

[:ja]Trips 4日目。 岡山を出てから、約1時間ほどで尾道へ。 今回のメインの第二弾、リボンチャペル 設計は中村拓志。 昨年のリーフ賞 最優秀を受賞したそうです。 「Bella Vista」というリゾートホテルに付随する結婚式用の教会建築。 滅多にないハイクラスのホテルに泊まって、のんびりしながらの建築行脚。 部屋では、地元産のデニムで作られたテディベアがお出迎え〜。 今はオフシーズンなので、結婚式の下見がてらに宿泊する方も多いそうです。 結婚式をあげる予定はないですが、チャペルに案内していただきました。 純粋に建築のみを見に来る人は、流石に稀なようで、少々驚かれましたが。 でも、担当の方のいろいろな裏話を聞けるのも、楽しみの一つで今回もいい話が聞けました。 コンセプトとしては、二重螺旋が二人の人生を表していて、それが頂部で交わり結婚に至る・・・。 というストーリーでこの結婚を祝福しますという建築らしいです。 結婚式用として、とても秀逸なロジックだと思いました。 そしてこの外観・・・。インパクトは十分ですね。 ホテル側は、もう少し大きい会場が欲しかったそうです。実際内部は意外にコンパクトであまり余裕がありません。 しかし、このスケール、プロポーションがとてもいいと思いました。…